その者の死というものについて

鉄血で黒田脚本が何回かあり、そのたび覚悟を決めて見てきたわけですが、
前回のシノヤマは見ていて切なくなりました。
(危惧していた通り、案の定シノは退場しましたが・・・)

しかし素晴らしかったです。包帯の演出とかとてもきれいだったし。
日の出作品だしガンダムだし、1期からしてメインキャラががんがん死にますが、
鉄血は基本的にわりと尺をとって丁寧な描き方をしてくれるので、
その意味で、とても好感度が高いです。
(ひどいときは画面の隅でただ死んだりするので・・・)

個人の趣味として、キャラが死亡する作品が好きです。

キャラの死亡に関しては、「何が何でも生きてて欲しい派」という人もいるし、
むしろそれが一般的であることは理解していますが、
こと戦闘作品においては、それが「普通」であるからです。
言い方を変えれば、(敵がいて戦闘しているのに)誰も死なないなんて、嘘っぽく見えるからです。
フィクションにリアリティを求めているわけではありませんが、
作品に入るためには重要だと想っています。

言い方が悪いですが、
キャラの死というのは非常にドラマチックで、
その後の展開、脚本、演出等々がぐっと濃いものになるので単に楽しい、という理由もあります。
その死を乗り越えて進んでいくキャラたちを見ているのは、応援にも力が入ります。

というか自分の場合、気に入ったらキャラが死ぬなんてわりとありますから、もう諦めています。

まあこれは個人の趣味ですので、「うるせえ!生きててほしいんだ!」という反論は認めます。
自分だって別に死んで欲しいわけではありません。
その死が物語の重要な要素であるならば、受け入れるのにやぶさかではない、というだけの話です。

・・・ただなあ、日の出作品は大人の事情で生き返ったりするから・・・
あれだけは勘弁してほしい・・・
殺しておいてやれよ・・・








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by generalx | 2017-03-04 20:30 | 日記 | Comments(0)
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